ヒーラーERIKOのワンダフルライフ

lagrace.exblog.jp
ブログトップ

時空の旅

この土日はお休みをいただいておりました。
c0074918_1581057.jpg

上級ヒーラーとしての儀式のため、長野県のとある場所に行っておりました。
ヒーラーの儀式というのは古代から続いているシャーマンの儀式を踏襲したもので、それはそれは興味深く神秘的な体験です。
私が師事しているサイキックティーチャー、レバナ女史は、いにしえのシャーマニックな儀式を熟知していて、毎回素晴らしい儀式を執り行ってくれます。

その内容は残念ながらお話しすることはできませんが、私は個人的にも儀式が生み出すパワーというものを深く信じているので、シャーマニックな儀式が大好きです。
(きっと過去世でやっていたのでしょう!)
ついでに言うと、師レバナは儀式をしている時が最も楽しそうに見えます。
かなりの儀式好きだと思います。
知らない人が見るとかなり怪しい感じがしますが、もちろん、やってる者は真剣です。

これまでも数回、異なる場所で、










異なる時期にシャーマニックな儀式を受けてきましたが、いずれの時もその前後に不思議な感覚を覚えたり、不思議な体験をしたり、過去世を思い出したり女神を見たりします。

今回旅から戻る途中で、不思議な感覚に襲われました。
それは2年前に父が亡くなる2週間前に体験したことと、昨年のエジプト旅行の際に体験した感覚と同じ種類のものでした。

時間が消えたような感覚です。
父が亡くなる前に体験した時は、時間だけでなく空間もなくなったように感じられ、「永遠の今」という感覚と「すべてはひとつ」という感覚を覚えました。それがどれほどの時間だったのか、それともほんの一瞬であったのかさえわかりません。
その時は私は兵庫の実家から東京に戻る途中で、台風の影響で新幹線がとまってしまい、新大阪駅で足止めをくってしまった状態だったので、私の周囲に多くの人々が行き来しているはずなのに、混み合った駅の構内で多くのざわめきがあるはずなのに、音も聞こえず、すべてが止まってしまって、すべての人々がつながっているような不思議な感覚に包まれたのでした。

その不思議な感覚は、私に「大いなる力」が働いていることを知らせてくれ、私に「今日は東京に戻るべきではない」と告げていたのでした。
私にはその日はどうしても東京に戻りたい理由がありました。
在来線を乗り継げば、なんとか帰ることは可能でした。
だけどその不思議な力は「そうすべきでない」と告げていました。
私は結局その日は大阪に住む兄と兄嫁と過ごすことに決め、東京に戻ることを断念しました。
予期せぬトラブルが招いた思わぬ滞在が、父が死ぬ前までに私がしておかなければならない数々の準備を可能にしてくれました。

この不思議な力は私に「流れに沿って進むこと」を示唆していました。
無理に物事を進めようとせず、流れを受け入れること。
私は迫り来る父の死を受け入れることができなかった反面、やせ細った姿を見ることがあまりにも辛く、それに死ぬ決心を本人がしていることも知っていたので、本人が望むように早く死なせてやりたい気持ちとの間で揺れていました。

「来るべき時にそれはやってくる」
私が色々心配したり、本人が決めている死を無理やり変えようと試みたところで、どうにもならない。
神の領域と本人の自由意志の範疇には、いくらヒーラーといえども入ることは許されないのですから、自分にできる範囲の最大限のことをやったら、後は、天に任せるしかない、宇宙のはからいや本人の決断を受け入れるしかないのだということを、その日、私はつくづく思い知らされたのでした。

エジプトに行った時も時間と空間をあまり感じることができませんでした。
東京からエジプトに移動する時、移動している感覚がまったくありませんでした。
エジプトに着いた瞬間、「ここにはずっといた。」となんの疑いなく思いました。
「私が知っているエジプトはこんなんじゃない。もっと繁栄してた。」とエジプトのルクソールに着いた時に思いました。
今のエジプトの姿がとても嘘っぽく思え、今のエジプトを否定したくなる感情に囚われました。
今のエジプトをなかなか受け入れることができませんでした。

私のエネルギーの一部は、はるか古のその地にずっと置き去りにされていたのでした。
そして私が記憶するエジプトは今のエジプトとは似て非なるものだったのです。

私は旅の間中、エジプトと東京にいる時の感覚が同じに感じられました。
いったい自分がどっちにいるのかわからなくなるようでした。
東京にいた時からエジプトにいるのも同然だったからです。
肉体は重いけれど、エネルギーというのは瞬時に移動できるし、同時にどこにでも存在できることを考えれば、別に不思議ではないかもしれません。

逆に帰ってきた時も、エジプトから帰ったのはもうずっと昔のことだったような気がしてなりませんでした。
はるか遠い昔にあそこにいたわよね~みたいな。

そして今回の南アルプスでの儀式を終えて帰る途中にも、またもや不思議な感覚に襲われました。
それは時空を旅してたとでも形容すればいいのでしょうか・・・まさに時が消えたのです。
私が東京の家を留守にしていたのはたったの一晩だけなのに、私ははるかに長い時間、それこそ何ヶ月、或いは何年も家を空けていたような強烈な感覚に見舞われたのでした。
とても不思議でした。
昨日東京の部屋を出てきたとは思えませんでした。
私は自分がどこか遠い、はるか彼方へ、時空も遡って旅をしていたように感じられてなりませんでした。

それがあまりにも強烈だったので、一緒にいた仲良しのヒーラーの友人にそれを伝えると、「そうなのよ、私もなんだかずっと長い間どこかに行っていたような不思議な気がするのよ。」と同様の感想をもらしてきました。

時間は本当は存在しないという話をよく聞きます。
論理的な話を聞いたことも、そういう本を読んだことも、私自身のハイアーセルフからの情報でも同様のものが得られました。
だけど、時々起こるこれらの不思議な体験の時以外は、たとえ頭でそれが理解できたとしても、なかなかその感覚を味わうことはできません。

とにかく不思議な体験で、今は夢から覚めたような面持ちで、この土日のことを振り返っています。

ところで、私がこのような時間が止まったような強烈な感覚を体験した後は、これまでの経験からいうと必ず大きな変容が起こります。

今後自分がどう成長していくのか、楽しみです。
せいぜい抵抗しないで流れに乗りたいと思います。

最後に、今回滞在した長野県のとある場所にある樹齢450年の松の大木の写真を。
少し小高い山の上にあります。
c0074918_1565357.jpg

c0074918_1584529.jpg

野の花がところどころに咲き乱れる自然そのままの場所。
子供の頃、こんな場所で遊んでました。
c0074918_1571320.jpg

お花や山々や木々が大好きで、車で移動中にそういった景色を見つけるたびに、父に車を止めてもらって喜んで走り出したものでした。
「ERIKOは本当にお花畑が好きだね~。」とよく両親は言っていました。
c0074918_1573125.jpg

田舎っていいですね~、のんびりできて・・・。
だけど、都会も好きよ。
やっぱ東京に戻ってくると、それはそれでほっとするもの。
騒音と人ごみの街だけど、刺激はあるし変化が速いから退屈はしないわよね。
[PR]
by lagrace | 2006-08-01 01:58 | ライフ